2018年03月15日

「ムッシュかまやつさんの想い出」

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少し時間が経ってしまったが、作年の2017年3月1日(水)に ムッシュかまやつさんが亡くなられた。
うちのお店でも長年に渡っていろいろお世話になってきた方である。

ちょうど二年前、2016年の2月11日にライブをやっていただいたのが最後になってしまった…。
その後 夏に体調を崩し入院されたと聞き 心配していたが、
秋には退院されたとのことで またお逢いできる日を心待ちにしていたところだった。

ムッシュかまやつ (1939年1月12日 - 2017年3月1日)
今更 説明の必要も無いだろうが、
日本のロック黎明期から現在に至るまで
日本の音楽界を牽引してきた偉大なミュージシャンである。
デビューは1960年、ソロ歌手《かまやつヒロシ》としてで、
《ザ・スパイダース》への参加よりずっと前の事である。
その後 1963年にスパイダースに加入、
1970年にソロ活動に転じてからは、70歳を超えても精力的にライブを続け、
もはや生きた伝説とも云うべき存在だっただけに本当に残念でならない。

あらためて故人の御冥福を心からお祈りするとともに
私自身の個人的な かまやつさんの想い出をここに記しておきたい。

私が かまやつひろしさんと初めてお逢いしたのは
かれこれ もう15年くらい前のことになる。(2003年3月30日)
今のお店に復帰して数年が経った頃…
連日無名のアマチュアから著名なプロの方まで沢山のミュージシャンと接する毎日…
いろいろな試行錯誤の中から 自分なりの音響と理想のライブハウス作りを目指し
日々 悪戦苦闘している頃だった。

それまでにも 有名なプロミュージシャンの方々を何度もお迎えしてはいたが、
さすがに《ムッシュかまやつ》となると格が違う。
レジェンド中のレジェンドである。
頑張って最高の音響でお応えしたい…と云う想いと共に
私ごとき 自己流のPAで大丈夫だろうか?…と云う不安が入り混じり
ライブ当日が近づくにつれ、かなりの緊張とプレッシャーを抱えていた。
そんな折、偶然 私が持っていたPA関連の雑誌に
かまやつさんのインタビューが掲載されているの発見、
その中で かまやつさんが《理想のライブPA》について語っているところがあったので、以下 記憶を頼りに簡単に紹介させていただく。

《僕にとっての理想のPAはですね…、まず外音を全部切ってもらう。
モニターの音だけこちらに返してもらって、それを自分で思う最適なバランスにしてもらうんですね。
それが決まったら、PAの人に僕のところに来てもらい 音を聴かせて
「これと全く同じ音で外に出してくれ」と伝える。
これが自分の想う理想のライブPAですね。》

音響を多少齧った事がある人ならだいたいのニュアンスは伝わるだろうか…?
とりあえず私は これだ!と思い、
来るライブ当日はこのやり方でやってやるぞ…と密かに心に決め
いよいよ その日を迎えたのであった。

さてさてライブ当日…
この日のムッシュは ドラムのグリコさんだけをサポートに迎え、
自身のエレキギターとドラムだけというシンプルな編成。
こちらの準備は万端である。
予定されていた入り時間から 少し遅れて ついにレジェンドは現れた。
「おはようございます!よろしくお願い致します!」
「ああ、よろしくね〜。」
雑誌やテレビで見慣れた 気さくな笑顔でムッシュは応えた。
私の緊張もマックスである。
さて、落ち着いた頃を見計らい、
「リハーサル、いつでも行けますので!」
と声をかけた…ところが、
「あ…リハね…。適当でいいよ。疲れるから…。」
…と、何とも拍子抜けの返事が帰って来たのである。
「えぇ〜?」と思いながらもリハーサルを始めたのだが、
5分くらい軽く合わせただけで
「OK、じゃ 宜しくね〜。」
…と、あっさりリハは終了してしまい、
ムッシュとグリコさんは そのまま江古田の街に呑みに出かけてしまったのだ。
いや…私 まだ何もしてないんですけど…⁉
《俺の理想のライブPA》は…?
なす術も無く 呆然と立ち尽くす私がそこに居た。

そして本番ギリギリに戻って来た二人は
そのままステージに登ると一気に熱い演奏を繰り広げたのだ。
ほとんどリハもやっていない ぶっつけ本番に近いステージ、
しかしながら、永年に渡って培われてきたロック魂がビンビンに伝わってくる…
圧感の演奏であった。
これが私のムッシュ初体験、
PA的には‘成す術もなくやられた一日’であった。

その次のムッシュ来店は何年後くらいだったろうか?
この時はドラム・ギター・ベースを従えたバンド編成。
前回の経験から、事前にある程度のセッティングをして迎えたのだが、
やはり ほとんどリハは無し…
早々に切り上げ、メンバー皆で江古田の街に呑みに繰り出していった。
そして本番直前に帰って来ると
メンバー達とそのままステージに上がり、
またまた熱い演奏をブチかましたのだ。

何というか、この人達は基本的にPAに頼らない、
ボーカルマイク以外の楽器の音は全て自分たちで決めてしまう。
想像するに 60〜70年代初頭の日本のロック黎明期のライブ環境など、
音響的にはかなり貧弱な現場がいくつもあっただろう。
おそらく、モニターすら無いような環境下でのステージを何度も経験してきたのではなかろうか?
その会場の広さに合わせて、アンプの音量、ドラムの強さ等のバランスは自分たちで決めてしまう…、
‘どんな悪環境でも俺たちはやれるよ…’
そういった強さを持っているのであろう。
故にリハをあまり重視しない。
どんな環境下でも最高の演奏をやる自信があるからだ。
こんな人達を相手に小細工は不要、
演者が出してくる音を そのまま客席に届ければ良い。
そして数年後、三度目のムッシュをお迎えした時は
私も万全の準備で迎え、例によって短いリハながらも
やっと確かな手応えを感じる音で届けることが出来たと思う。
その後も何度か、ムッシュのライブの音響を担当させていただいた。
さすがに年齢ゆえか、歌詞を忘れたりギターを間違えたりという場面も時折見られたが、
70歳を超えてなお 精力的にステージに立ち続ける姿は、正に生きた伝説と呼ぶに相応しいものであった。

ところが 2013年1月のライブのしばらく後、久しぶりに予定されていたムッシュのライブは 
ムッシュの体調不良の為 直前でキャンセルとなってしまった。
思えば その頃で多分73か74歳くらい…、
年齢的にもかなりキツくなって当然だと心配していたが、
しばらくして またライブを復活されたと聞いて一安心したものだ。

そして一昨年の2016年2月11日、久しぶりのムッシュをお迎えする。
今回は いつも御馴染みのメンバーをバックにしたフルバンド編成に加え
ゲストサポート的な方々も数名参加という大所帯、
しかし ムッシュはリハには参加しないと云う…。

そしてライブ当日のリハーサル…先にバンドのメンバーが到着、
ムッシュ不在のまま 音を合わせて行く。
バタバタとリハが進む中、ふと気が付くと
客席の一番後ろにムッシュがちょこんと座っているではないか。
リハに気を取られていたとはいえ、全く気配を感じさせることなく、
うっすら微笑みながらステージを見つめてる姿に
何となく不安な気持ちになったのを覚えている。
そのままリハに加わる事もなくムッシュは食事に出かけ、
例によって本番直前に帰って来た。
そしてステージが始まる。
最初ムッシュが一人で登場、一曲弾き語った後
客席に来ていた元スパイダースのドラム前田富雄さんとベースの加藤充さんをステージに引っ張り上げ、一緒に演奏を始めた。
打ち合わせも無しの急なセッションの為、演奏はかなりボロボロであったが、
同窓会のような和やかな雰囲気であった。

しかしその後 ムッシュは楽屋に引っ込んでしまい、
代わりに昔のウエスタンカーニバル時代の仲間の橋本タイジさんがステージに登場、
約30分近くローリングストーンズのカバーなどを演奏したのだが…
実際のところ 客席の反応は「誰、この人…?」と感じている人が多かったように想う。
そして後半 ムッシュが再びステージに登場、みんなで怒涛のセッションを繰り広げるのだが、
正直 バックのメンバーの手堅い演奏に助けられてはいたが、
ムッシュ自身は声も出てなく歌詞も跳び、ギターもかなり危ない感じだった。
それでも ヘロヘロになりながらも楽しそうに演奏するムッシュ、
(この時 ムッシュ77歳!)
おそらく、長期間続けてステージに上がることも困難だったのだろう…
この年齢でバンドを従えてロックをやっていること自体 物凄い事だったのだが…。
「お疲れ様でした、またよろしくお願いします。」と言いながら、
もうこれが最期になるかもしれないと…薄々感じている自分がいた。

それから約半年後の9月、ムッシュが緊急入院、ガンに侵されていることがニュースとなる。
ああ、やっぱり…という思いが頭をよぎった。
年齢を考えれば、ステージに立っていることさえ奇跡のようなものだったのだ。
ついに来る時が来たのか…という思いだった。
それから暫くして退院されたとのニュースを聞き、
またいつの日かLIVEを演って頂けたらと 微かな期待をしていたのだが、
その後は入退院を繰り返す日々が続き…
年末に行われた堺正章さんの70歳記念ライブに飛び入り参加でステージに上がり、
1曲一緒に歌ったのが公の場に姿を現した最後となってしまった。
年が開けて2017年3月1日、ひっそりと亡くなられたことがニュースで伝わった。

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(2012年2月19日、マーキーでのステージ)

以上が私の個人的な ムッシュかまやつさんの想い出である。
私のPA人生において、音楽とは…LIVEとは何かという事を
いろいろと教えていただいたような気がする。
あれこれ書いてきた中には 多少の記憶違いもあるかもしれないが
御容赦頂きたい。
最近 とみに記憶が曖昧になって来ている。
現在の私は53歳…
20年後に果たして、唄い続けている事が出来るのだろうか?
いまでも あの人懐っこい笑顔が目に浮かぶ。
あんな風に 死ぬまで音楽を楽しんで続けられたなら…
それは きっと最高の人生であろう。

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マーキーの客席後ろの壁に かまやつさんのサインが残っている。
何ともユニークな自画像と03.3.30の日付にムッシュと綴られたサイン…
背中を丸めて書いていた姿が思い出される。

そして入口階段途中の壁に貼ってある、私が作った稚拙な2016年2/11ライブの告知チラシ…
マーキーに来た際には、ぜひ確認して欲しい。
ロックに生涯を捧げた男が 確かにこの場所にいた事を
忘れずに 記憶していただければ幸いである。

ムッシュ ポスター.jpg

追記…
実は私の中での当初のかまやつさんのイメージは、
「我が良き友よ」や「シンシア」という吉田拓郎がらみの楽曲の印象が強く、
どちらかと言えばフォーク系なアーティストといったイメージを持っていた。
今から思えば勉強不足も甚だしい…と恥ずかしくなる話だが、
実際 そう捉えられる事は少なくないようで、
かまやつさん自身「我が良き友よ」を歌う時には、
「俺 この曲嫌いなんだよね〜。そもそも これ、金のためにやったんだよ、
そしたら売れちゃってさー、何か俺の代表曲みたいになっちゃって
いやいや、俺 こんな3コードみたいな単純な曲 書かねえし…」
…などと冗談っぽく言っていたものだ。
その割には 案外いつも楽しそうに歌っているので
口では あんなこと言いながら 実は けっこうお気に入りだったのではないかな…と、想っている次第である。
posted by ありのぶやすし at 04:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月01日

ブログ企画【繋】第67回テーマ「私がブログを書く理由」

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毎度の事だが、早いもので 今日から3月、
毎月1日恒例のブログ企画【繋】
今月のテーマはカズMAXさんからのお題で
「私がブログを書く理由」とのことである。

〜3月のお題についてですが「私がブログを書く理由」でお願いします。皆様それぞれ、ブログに対する価値観や距離感というものがあると思います。よろしくお願いします〜 …とのお言葉。
さてさて、これは案外と難問だぞ…。

まずは あらためて、自分がブログを書き始めたキッカケを思い返してみるとしよう。
ちなみに この「ありぱんだの徒然日記」は2012年の9月10日にスタートしている。
キッカケは 確かその頃 自身のファースト・アルバム制作の話しが持ち上がったことだったと思う。
まだ具体的な予定が立っていたわけではなかったが、
周囲からも 「そろそろ作ってもいいんじゃないか?」などと言われ、意識し始めた頃だった。
(その後、音楽仲間の三浦廣之さんの全面的な協力を得て、翌2013年7月に めでたく1stアルバム「再会」発売に至る。)

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話が前後してしまったが、CDを作ろうかなと思った際に、
いい機会だから、「自身のホームページなんかも作った方がいいんじゃないかな?」…などと考えてしまったわけである。
しかし根っからのアナログ人間…、ホームページの作り方などわかる筈もない。
そこで 友人のミュージシャンでホームページ作成などネットにも詳しいオーノキヨフミ君に相談したところ、
「せっかくホームページを作ったとしても、ライブ日程やツイッター・動画のリンクだけじゃ物足りないから、まず手始めにブログをやってみたら?ブログを始めておけば ホームページを作った時にリンクできるから。」
…少々記憶も曖昧だが、確かこんな話をされたような気がする。

そんなわけで よくわからないままにブログを始めてしまったのだ。
それまでもmixiの日記などで たまにブログ的な内容の長文を書いてたりもしたが、ブログとなると訳が違う。
自分でレイアウトのデザインを決めなければなどと結構たいへん…
しかし あれこれ四苦八苦しながら立ち上げてみると、案外これが嬉しいものだったりする。
何よりもmixiの枠組みの中では無く「自分だけのブログ」というのがちょっと誇らしかったりもしたものだ。
とは言っても、最初の頃は 何をどう書いて良いものやらさっぱりわからず状態で、厄介なものに手を出してしまった…と 少々後悔したりもしていた。

そんな気持ち的に停滞しかけていた頃である… 内田君からこのブログ企画に誘われたのは。
もともとモノグサな性分ゆえ、毎月毎月キチンと1日にUPしなければいけない状況に付いてゆけるだろうか?
…と 少々二の足を踏んでいたのだが、気が付けば内田君に乗せられて参加してしまっていた。
まあ結果的には乗せられて非常に良かった。
そもそもモノグサなわけだから、締め切りや決まりが無いと絶対にブログは放ったらかしになっていたに違いない。
また、他からテーマを与えられるという状況は およそ自分では絶対書かないであろう領域をあらためて勉強する事も出来てとても面白い。
そんなわけで、このブログ企画【繋】に参加出来たこと、誘ってくれた内田君にはとても感謝している次第である。

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しかし、ここまで書いてきて気がついたのだが、今のところブログを始めたキッカケは話しているが、ブログを書く理由については何も話せていないではないか…。
さて困ったぞ、振り出しに戻ってしまった。

キッカケは先に書いた通りなのだが、その後こうして6年近くにも渡ってブログを書き続けている理由とは何だろう?
そもそも、当初の目的であったホームページの立ち上げは頓挫したままである。
この辺り自分のモノグサな性格がモロに出てしまっているが、
基本的には面倒臭がりで腰が重い性分である。
そんな自分ではあるが、昔から漫画を描いたり絵を描いたり、歌を作って唄ったりと 何かと表現する事が好きだった。
ある意味 ブログを書くという行為も自己表現の一種なのだろうか?
そもそも何故 歌を書き唄うのか…? 自分でも明確な答えが出せはしない。
別に歌を唄わなくても絵を描かなくても、ましてブログを書かなくても生きてゆくことに何の問題も無い。
そもそも何故 人はわざわざ自己表現というものをしたがるのだろう?
承認欲求…? 自己愛…? 寂しさの穴埋め…? 

もともと私はあまり他人と親密に繋がりたいと思う性分では無い。
先に言ったとおり、けっこうな面倒臭がりである。
ゆえに何かと繋がりを強調して来るface bookはちょっと苦手である。
一応 登録はしているが、あまり活用しているとは言い難い。
人が書いたものをたまに拾い読みしたりすると それはそれで面白くはあるが、正直 あまりに皆からの情報量が多すぎて付いてゆけない。
mixiくらいの のんびりしている頃はまだ良かった。
face bookのシステムは未だによくわからない。
新しいものに拒絶反応をおこす…老害のオッサンそのものだ。
(そもそもface bookとて もはや新しいものでも無い…。)

いかん、また話が横道に逸れた…。
要するに、自分はブログというものを自己表現の一種と考えているのは間違いない。
そして面倒臭いことに、私はどうやら自分語りが大好きな性分なようだ。
また 性格からか、やるとなったら手を抜きたくない、
結果 まとまりの無い長文をダラダラと書き綴ってしまうのだ。
私の中でのスタンスとしては、
ブログは長文で自分の考えを述べるものである。
Twitterはもともと字数制限があるので、主に自身のライブやお店の宣伝に使うものとして活用している。
face bookはTwitterに書いたものを連動して表示するように設定してあり、face bookのみで書き込みする事は コメントへの返事を書くこと以外ほとんど無い。
(ちなみにmixiに至ってはもはや開店休業状態である。)
私の中では だいたいこのような使い分けがされており、Twitterとブログ以外はあまり活用していない。
最近はインスタグラムなど 新しいコンテンツも流行っている様であるが、もう面倒臭いのでこれ以上手を拡げる予定はない。
そもそも このブログにしても月に一回の【繋】以外ほとんど書き込んでいないではないか…。
いや、結構書きたいと思っているテーマはあるのだが、
しかし いざ書くぞ!と思うとご覧のように何かと長文になってしまう…
中途半端に出来ない性分なので逆に腰が重くなってしまうのだ。
まあ、面倒臭がり屋の言い訳である…。

ブログへのスタンスも人それぞれ…
このブログ企画に参加している皆さんも それぞれの想いや距離感で書いていることだろう。
そんなわけで、他の方々のブログに対する想いはどんなものなのか?
興味深く拝見させて頂きたいと思う。

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さてさて、ブログ企画【繋】は 毎月1日に、
参加メンバー全員が共通のテーマでブログを書くという企画です。
他の皆さんのブログも是非ご覧になってみてください。

ブログ企画【繋】参加メンバーのブログ

「内田祥文のKeep Hope Alive♪」
http://ameblo.jp/uchida-shobun/

peixe grande take
https://ameblo.jp/peixe-grande

津軽三味線山中信人の朝刊・夕刊〜
http://ameblo.jp/nobu483/

カズMAXのオフィシャルブログ「アコギロックだましい♪」
http://ameblo.jp/acoustic-rock/

鈴木NG秀典(すずきんぐ)「鈴木NG秀典ーだー。のブログ」
http://ameblo.jp/ramen-kuitee/

モリミカのブログ
http://ameblo.jp/mmika0716/

こいぬまめぐみブログ
https://note.mu/koinuma_megumi

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posted by ありのぶやすし at 11:00| Comment(0) | ブログ企画「繋」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月01日

ブログ企画【繋】第66回テーマ「冬季五輪に出るならこの種目」

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毎度の事だが、早いもので 今日から2月、
毎月1日恒例のブログ企画【繋】
今月のテーマは このブログ企画の創設者である内田祥文さんから
「冬季五輪に出るならこの種目」とのことである。

〜冬季五輪は夏季五輪より地味ですが、もし出られるとしたらどの種目で出場しますか?
もちろんやったことあるなしに関わらず、「これなら面白そうだなぁ」という興味本位のものでいいと思います。
どんな種目があるのか検索してみるのもいいかも知れませんね。〜
…とのこと。 

さてさて、そうは言われたものの…
こちとら運動とは まるで無縁の生活を送る毎日。
オリンピックに自分が出るならとか、想像すらしたことも無い。
仕方がないので ここは素直に言われた通り、そもそもどんな種目があるのかを調べてみた。

【スキー】
《アルペンスキー》
男子回転
女子回転
男子大回転
女子大回転
男子スーパー大回転
女子スーパー大回転
男子滑降
女子滑降
男子複合
女子複合
混合団体

《クロスカントリースキー》
男子スプリント
女子スプリント
男子30kmパシュート
女子15kmパシュート
男子15kmクラシカル
女子10kmクラシカル
男子50kmフリー
女子30kmフリー
男子チームスプリント
女子チームスプリント
男子4×10kmリレー
女子4×5kmリレー

《スキージャンプ》
男子ノーマルヒル
女子ノーマルヒル
男子ラージヒル
男子ラージヒル団体

《ノルディック複合》
男子個人ノーマルヒル
男子個人ラージヒル
男子団体

《バイアスロン》
男子10kmスプリント
女子7.5kmスプリント
男子20km個人
女子15km個人
男子12.5kmパシュート
女子10kmパシュート
男子4×7.5kmリレー
女子4×6kmリレー
男子15kmマススタート
女子12.5kmマススタート
混合リレー

《フリースタイルスキー》
モーグル(男子/女子)
エアリアル (男子/女子)
ハーフパイプ (男子/女子)
スキー (男子/女子)
スロープスタイル (男子/女子)

【スノーボード】
ハーフパイプ (男子/女子)
パラレル大回転 (男子/女子)
スノーボードクロス (男子/女子)
スロープスタイル (男子/女子)
ビッグエア (男子/女子)

【スケート】
《スピードスケート》
男子500m
女子500m
男子1000m
女子1000m
男子1500m
女子1500m
男子5000m
女子3000m
男子10000m
女子5000m
男子マススタート
女子マススタート
男子団体パシュート(3人チーム)
女子団体パシュート(3人チーム)

《ショートトラックスピードスケート》
男子500m
女子500m
男子1000m
女子1000m
男子1500m
女子1500m
男子5000mリレー
女子3000mリレー

《フィギュアスケート》
男子シングル
女子シングル
ペア
アイスダンス
団体戦

【ソリ】
《ボブスレー》
男子2人乗り
女子2人乗り
男子4人乗り
《リュージュ》
男子1人乗り
女子1人乗り
男子2人乗り
チームリレー
《スケルトン》
男子1人乗り
女子1人乗り

【その他の競技】
カーリング (男子/女子/混合ダブルス)
アイスホッケー (男子/女子)
 
…ざっとこんな感じのようだ。
大きく分けると【スキー】【スノーボード】【スケート】【ソリ】
この四種目の競技の他に カーリングとアイスホッケーが加わる感じである。
冬季五輪と言われても 今まであまり深く考えたこともなかったのだが、けっこう細かく分かれているものだと感心する。
アルペンスキーの《回転》《大回転》《スーパー大回転》の三段活用など、まるでパチンコ屋の広告のようで面白い。
また【ソリ】の三種の違いなど 全く分からなかったので調べてみた。
《ボブスレー》はハンドルとブレーキの付いた大型のソリ。
《リュージュ》はブレーキもハンドルも無く、仰向けになって足を前にして乗り込み滑走する小型のソリ。
《スケルトン》はさらに小型で うつ伏せになって頭を前にして滑走する一人用のソリ。
なるほど…言われてみれば同じソリでもけっこう違うものだ。
しかし、《ボブスレー》と《リュージュ》はともかく、
《スケルトン》は腹ばいで頭を前にして滑走するなど、その恐怖感を想像しただけで絶句する。絶対無理!

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ちなみに上記の競技の中でやったことがあるものと言えばスケートしか無い。
もちろん ただ遊びで滑っただけで競技などとは無縁である。
スキーもスノボもやったことは無い。そもそも寒いのが大の苦手である。
ウインタースポーツとは本当に縁のない人生を過ごしてきた。
とりあえず今回のお題に従って自分がやってみるならと考えたが、どれも絶対無理である。
それでは話にならないので、出来る出来ないは別として考える。
あえて興味があるとすれば スキーのジャンプ(滑降)だろうか…。
少々意外に思われるだろうが、そもそもは私が《空を飛ぶ》という事に強い憧れを持っている事に由来する。
ここで少し その夢について話しておこう。

さて 私は昔から高所恐怖症の毛があり 高い所が大の苦手なのだが、
不思議なことに子供の頃から何度も《空を飛ぶ夢》を見るのだ。
夢の中の私は 精神を集中する事によって身体が浮き上がり、水の中を泳ぐ様に空を飛ぶことが出来る。
集中を強くすればビルや山より高く飛ぶ事もでき、見下ろせば地表の景色は遥かに小さく遠くなっている。
この《空を飛ぶ夢》は不定期に何度も何度も見ているのだが、基本この精神を集中する事によって宙を舞う感覚は共通している。
夢の中の私は高所恐怖症では無い…、恐らくそれは意識を集中していれば絶対に落ちることが無いとわかっているからだ。
反対に意識レベルが上手くコントロール出来ないと なかなか地上に降りることが出来ないから面白い。
この 夢の中の空を飛ぶ感覚に最も近いのものは おそらく《幽体離脱》ではないかと思われる…、フワリと浮き上がる様な感覚なのだ。
ちなみに同じ空を飛ぶにしても、ハンググライダーやパラグライダーとかではイメージが違う。
何も道具を使わない生身で飛ばなければ、夢の感覚とは全く違っているのだ。

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さて少々 話が逸れてしまったが…
つまり 子供の頃からずっと《空を飛ぶ》ことに憧れているのである。(高所恐怖症のくせに…)
そんなわけでスキーのジャンプにも憧れているのであるが、
それにしても実際のところ あれは本当に凄いと思う。
スキーの板を付けてるとは言え、ほぼ生身の人間が空を飛ぶのである。
飛び上がった時に 地表から最大どの位の高さを飛んでいるのだろうか?
落下の恐怖感たるや想像しただけで悶絶する。
しかし、生身で空を飛ぶという感じにはとても憧れる。
高所恐怖症のくせに空を飛ぶことに憧れている…
何というか、極めて矛盾した感情である。
しかし 仮に私が 実際にジャンプ台のてっぺんに立ったところで、その高さに震え上がって足が竦んでしまい、滑走することも降りることも出来ず固まってしまうことだろう。
そもそもジェットコースターですら苦手なくせに、空を飛ぶことに憧れるなど全くおかしな話である。
こんな私が 実際に空を飛ぶ事が出来るのは、恐らく死んでしまった後の事…霊魂になって 始めて可能となるのであろう。
何だかよく分からない話になってしまった。
今回はこの辺で終わりとさせて頂きたい…。

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さてさて、ブログ企画【繋】は 毎月1日に、
参加メンバー全員が共通のテーマでブログを書くという企画です。
他の皆さんのブログも是非ご覧になってみてください。

ブログ企画【繋】参加メンバーのブログ

「内田祥文のKeep Hope Alive♪」
http://ameblo.jp/uchida-shobun/

peixe grande take
https://ameblo.jp/peixe-grande

津軽三味線山中信人の朝刊・夕刊〜
http://ameblo.jp/nobu483/

カズMAXのオフィシャルブログ「アコギロックだましい♪」
http://ameblo.jp/acoustic-rock/

鈴木NG秀典(すずきんぐ)「鈴木NG秀典ーだー。のブログ」
http://ameblo.jp/ramen-kuitee/

モリミカのブログ
http://ameblo.jp/mmika0716/

こいぬまめぐみブログ
https://note.mu/koinuma_megumi

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