2017年01月01日

ブログ企画【繋】第53回テーマ「私のこだわり」

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毎度の事だが、早いもので 今日から1月、
いよいよ2017年の幕開けである。
毎月1日恒例のブログ企画【繋】
今月のお題は 繰上げで私が担当とのこと。
あまり正月向けの話題ではないかもしれないが、
以前から考えていたお題をそのまま選ばせてもらう。
今月のテーマは「私のこだわり」とさせていただいた。

生活、趣味、仕事、その他いろいろ…、
人それぞれに《こだわり》というものが必ずあるだろう。
そういった《こだわり》には、その人の人間性が大いに反映されるであろうから、
中々に興味深いテーマではないかと思った次第である。

さて、かく云う私はいったい何にこだわっているのか…?
振り返り考えてみると面白いもので、
かなり《こだわり》を持っているところと
ほとんど《こだわり》持っていないところと…
様々な生活の中で、けっこう両極端に別れていることに気が付いた。

例えば、《食》ということに関しては、ほとんどこだわりが無い。
基本 美味ければ何でも良い。好き嫌いもあまり無い。
もちろん好みはあるが、これで無ければ駄目というものは無い。
ある意味、幸せな人間であろう。
あ…、冷蔵庫に毎日の牛乳は欠かせない…
これはひとつの《こだわり》かもしれない。

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服装、ファッションに関しては、多少こだわりがあるかもしれない。
まず、あまり高いものは着たくない、
安くて丈夫、これが一番である。
派手な原色系はなるべく避けたい、渋く地味な色合いの方が良い。
ツルツルした素材は苦手である。皮の素材も同様。
窮屈なものも苦手で、やや大きめのゆったりとしたものが良い。
靴も同様、履きやすい大きめのスニーカーが良い。
装飾品などジャラジャラしたものは身に付けたくない。
チェーンとか指輪やブレスレット、腕時計も苦手である。
ましてやピアスや化粧など絶対にあり得ない。
ただし外出時に帽子は絶対に欠かせない、ツバの広い丸型のもので無ければ駄目だ…。
何だ、こうしてみると ずいぶんと《こだわり》があるみたいだな…。

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生活の様々な場面においてはどうだろう…?
基本的にお金をかけたくない…というのが根本にあるので、
あきらめているのか こだわっているのか、
自分でもよくわからなくなっている場面が多い。

そんな中、やはり音楽に関してはかなり《こだわり》があるみたいだ。
自分の演奏はもちろん、半分は仕事も兼ねているので、
気が付けば随分と 自分なりの《こだわり》が出来てしまった。

例えば、永年に渡って路上ライブと云うものをやっているのだが、
そのスタイルにはかなりのこだわりがある。
基本的に自分が唄いたいから唄っているので、
無理に人を立ち止まらせたいわけでは無い。
オリジナルとカバー どちらも唄うが、
客を引きつけるために 好きでもない歌を唄うのはやりたくない。

自分がその歌の中に共鳴する何かを感じた曲でなければ
私自身はその歌を唄ってはいけないと思っている。
《詞》《曲》《アーティストの思想》…何でもよいが、
何かしら自分と共鳴するものが欲しいのである。

もちろん路上で唄うという行為に、宣伝効果というものを多少は意識している。
たまに親切な通行人の方から、
「そんな地味で暗い歌じゃなくて、もっと若い人が立ち止まるような
明るいノリのいい歌や、最近のヒット曲とかやらないと駄目だよ。」
…と、ありがたいアドバイスを戴くこともある。
しかしながら、私は自分の音楽と共鳴する誰かを探している訳なので、
御忠告には感謝しつつも、意に沿わない歌を唄うつもりは無い。
そういう曲のリクエストがあった場合は、
相手に不快な想いをさせない様に丁重にお断りさせてもらっている。
今更プロになりたいなどと思って路上に立っているわけではない。
誰でもいいから聴いてくれ…という気持ちで唄ってはいないのだ。

路上に関しては、まだ《こだわり》があった。
基本的に《ギター1本弾き語り》で路上で唄うのに、
アンプを使って唄うのは駄目だと思っている。
もっとも 最近はアコギ弾き語りと言えども 昔のようにシンプルなものばかりでは無く、
けっこうギターの音やエフェクトに凝っている人、
ボーカルにリバーブ以外にも いろいろエフェクトを多用する人、
打ち込みとギターを併用して演奏する人など…
様々なスタイルの人がいたりするので 単純に一括りには出来ないかもしれないが…。
単に声量が無いとか、アンプ無しだと誰も立ち止まってくれないからとか…、
そんな消極的な理由で路上でアンプを使うのはやめて欲しい。
20年近く路上で唄ってきて辿り着いた答えは
《路上で唄うという行為は、街の風景の一部として溶け込むことを意識するべきである》
…ということだった。《異物》として存在してはならない。
あくまで《風景の一部》として、自然に存在する姿が正しいと思っている。

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次に自身の楽曲制作において…
作曲に関しては、もちろん好みや傾向はあるが、
自分で良いと思うものは何でも吸収したいと思っている。
ギター1本で弾き語るスタイルを前提としているので、
こだわりというより技量的な制約の方が多いが、
フォークソングだけにこだわらず、ロック、クラシック、ジャズ、民族音楽、その他…
こだわり無く多いに取り入れてみたい。

ただ、作詞に関しては 自分なりの強い《こだわり》がある。
まず、自身が心情的に同調出来ない詞は絶対に書かないと云うこと。
先のカバーソングの話でも触れたが、
私は自分が唄うと云う行為において、
何がしかの共鳴と云うものが絶対に必要だと思っている。
《詞》など その最たる例であろう。
ましてや 人気者になりたいとかプロになりたいとか、
そんな目的で曲を書いている訳ではないのだから当然である。
基本的に実体験から詞を書くことが多い方だが、
別に実体験にこだわっているわけでは無い。
想像で歌詞を書くこともあるし、何かを参考にし 影響を受ける事もあるが、
それは一種の同調であり、大事なのは その歌詞の中に、
自分が心情的に《共鳴》出来る何かが込められているか…という事だ。

もう一つ《作詞》に関する《こだわり》を…。
私は自身の作詞において、英語は極力使わないことにしている。
そうは言ってもかなりの洋楽好きであるし、
若い頃は 英語の響きのカッコ良さに憧れた時期もあった。
二十歳くらいの頃に、ニール・ヤングやサイモン&ガーファンクルの様な音楽に憧れ、
辞書を片手にあれこれ言葉を探して何曲か英語で作詞をしたことがある。
まあ、どう見ても間違いだらけの英詞で、
外国の方が聴けば子供の作文以下の文章であろう。
それでも当時は英語力さえあれば、英語で作詞をして歌ってみたいなどと考えていたりした。
その考えを改めるキッカケとなった出来事について語っておこう。
もう30年も昔、私が学生の頃 今のお店にアルバイトとして働いていた時の話だ。

連日 アマチュアからプロまで、沢山のアーティストのステージを目の前で体験する毎日、
上手い人もいれば、変わり者や微妙な人…、
本当に貴重な体験を重ねた日々であった。
そんな中に一人の女性のシンガーソングライターがいた。
随分と昔の事なので もう名前も忘れてしまった。
年に数回ワンマンライブをやるのだが、常に30〜40人くらいのお客様が来るという、
アマチュアとしては かなりの人気と実力のある人だった。
スタイルとしては、完全な松任谷由実のフォロワーで、
自身のピアノ弾き語りと、打ち込みで作ったカラオケの両方を使いながら
トークも含めて かなりプロっぽいステージだったと記憶している。

ある日のステージでのこと、新曲をピアノで弾き語る前にその人はこう言ったのである。
「次の曲は、全編 英語で作詞をしました。
  どうして英語で作詞をしたかというと、私はこの曲の中で、
  世界の平和や戦争のこと、動物や自然も含めた生命の大切さなど、
  沢山の大切なメッセージを伝えたいと思ったんです。
  でも、日本語で作詞をしてみようとすると、どうしても説教臭くて
  堅苦しい言葉になって 上手くまとまらなくなってしまうんですね。
  だから思い切って、全編 英語で書いてみました。
  聴いてください…。」

どうだろう、何か思いっきり間違っているぞ…。
客席にいたのはほぼ日本人である。
おそらく彼女が心を込めて伝えたかったというメッセージを
きちんと理解できた人は殆どいなかったのではなかろうか?
私はこの時に気が付いたのだ。
まずは、目の前で聴いている人に、きちんと伝わる言葉で唄わなければいけないと…。
この女性は、もしかしたら世界中の人に自分の歌を聴いてほしくて、
あえて英詞を選んだのかもしれないが、少なくとも それは私のスタイルでは無い。
まして、自分の英語力では、作文は書けても《詩》は絶対に書けない。
例えば日本語であれば、「あなたが好きだ」という想いを伝えるとしたら、
何十通りもの言葉を考察することが出来る。
しかし英語の場合 私の頭に浮かぶのは
「I Love You」「I want You」「I Need You」
精々 こんなもんである。ましてや世界平和など…。

例えば大事な人に自分の想いを伝える時に、わざわざ英語で話す人はいないだろう。
愛の告白、プロポーズ、両親への挨拶などという場面で
精一杯 言葉を探して、それでも上手い言葉が見つからなくて、
気が付けば こぼれってしまったのは簡単な言葉だったりして…
案外と作詞なんて そんなものかもしれないと思ったりする。

ちなみに、基本的には日本語だが サビとかで急に英語になるやつ、
出来ればあれも避けたいと思っている。
洋楽好きな人なら、かつてクイーンが歌った
「テーヲートーリーアーッテ〜」とか、
キング・クリムゾンの「マッテ〜クゥ〜ダサァ〜イ〜」を聴いた時の
何とも言えない違和感を覚えている方もあるだろう。
日本のポップスやロックを外国の人が聴いた時には
やはり同様な違和感を覚えるのではないかと思うと、
なるべく避けたいと思ってしまうのである。

まあ、始めから歌詞の意味とか重要視しないで、
ボーカルも楽器の一部として捉えるスタイルや、
洋楽に対する絶対的な憧れや尊敬、
始めからワールドワイドな活動を視野に入れている場合など人それぞれだと思うので、
あくまでほんと、私の《こだわり》である。

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最後にもう一つ、このブログについて。
このブログ企画【繋】は、もともと友人の内田祥文君に誘われて参加したものである。
2012年12月の第4回から参加しているので、
足掛け4年と2ヶ月、個人的には今回で丁度50回目の書き込みとなる。
御覧の通りの長文となることが多いので、
正直 仕事が忙しい時などは かなり大変である。
筆が遅い上に推敲に推敲を重ねる性分なので、
一回のブログを書くのに何時間もかかってしまう。
それでも こうして毎月お題を与えられて、
自分では絶対に取り上げないであろうテーマで書くという行為は中々に面白い。
基本的にズボラな方なので、こうやって毎月1日の宿題の様に
締め切りとテーマを与えてもらわなければ
おそらく「ありぱんだの徒然日記」ブログも放ったらかしになったであろう。
その意味において、誘ってくれた内田君にはたいへん感謝している。
そして、書くからには絶対に手を抜きたくないのである。
出来れば いつの日にか「エッセイ」としてまとめて出版出来るくらいの
真剣さを持った内容で書いて行きたい…そう思っている。
これもまた 自分なりの《こだわり》である。

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さてさて、ブログ企画【繋】は 毎月1日に、
参加メンバー全員が共通のテーマでブログを書くという企画です。
他の皆さんのブログも是非ご覧になってみてください。

ブログ企画【繋】参加メンバーのブログ

内田祥文のKeep Hope Alive♪
http://ameblo.jp/uchida-shobun

peixe grande take BLOG
http://ameblo.jp/peixe-grande

山中信人さん
「津軽三味線山中信人の朝刊・夕刊〜」
http://ameblo.jp/nobu483/

カズMAX ♪アコギロックだましい♪
http://s.ameblo.jp/acoustic-rock/

鈴木NG秀典ーだー。のブログ
http://ameblo.jp/ramen-kuitee/

森脇さんのブログ「モリミカのブログ」
http://ameblo.jp/mmika0716/

鈴木紀進さんのブログ
http://ameblo.jp/shoutdrunker-nori/
posted by ありのぶやすし at 23:18| Comment(0) | ブログ企画「繋」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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