
毎度の事だが、早いもので 今日から1月、
新しい年の始まりである。
毎月1日恒例のブログ企画【繋】
今月のテーマは 昨年8月からこのブログ企画に参加された〈こいぬまめぐみ〉さんからのお題で
「平成30年」とのことである。
《今年も残すところ半月、気づけば来年は平成の世も30年の節目を迎えます。
皆さまにとって、平成はどんな時代でしたか。
それぞれの30年間を振り返って、
平成元年(1989)の年は、何をされていましたか。
印象的な思い出は何ですか。
何にハマっていましたか。
どんな出会いや別れがありましたか。
感謝の気持ちを伝えたい人は誰ですか。
そして、平成30年(2018)をどのような年にしたいですか。
これらの質問に沿って考えていただいても、ご自身で自由に書いていただいても構いません。
ブログ企画【繋】第65回のテーマは「平成30年」でお願いいたします。》
…以上、お題主からのお言葉である。
さてさて、長かった平成も今年で終わりとのこと…
この30年間は 私にとって激動の30年であった。
平成元年の1989年…私は前年の1988年3月に大学を卒業、
4月から大塚の製版会社に就職し
11月に学生時代から付き合っていた女性と結婚。
つまり 平成元年は もろ新婚状態で社会人2年目を迎えた年なのである。
試しに平成元年(1989)は どんな年であったか調べてみた。
最近は本当に便利なもので、ネットで〈平成元年 出来事〉で検索すれば、とても詳しく書かれた情報を簡単に閲覧することが出来る。
これなども ある意味、30年間の時の流れの成せる技であろう。
まず年明け早々の1月7日に昭和天皇が崩御、
1989年は 1/1〜1/7の一週間は昭和64年、1/8からは平成元年として二つの元号を跨いだ年である。
このブログの参加メンバーの皆様も天皇崩御当日の午後、
当時の小渕官房長官が「平成」と書かれた紙を掲げての新元号発表の瞬間を鮮明に記憶されていることだろう。
(体験してないのは 恐らくお題主の こいぬまさん だけか…?)
とにかく そんなわけで、1989年の日本は慌ただしく始まった。
天皇崩御からの数日、テレビは予定していた全番組を休止して追悼特別番組に差し替え、
それから暫くの間 テレビ・マスコミ始め 世の中は軒並み自粛モード、
お笑い番組など当然自粛、CMまでも自粛モード…。
ライブコンサートもスポーツも、華やかなこと、楽しいことはとにかく何でも自粛…という凄い状況であった。
その後 新しい元号にもようやく馴染み始めた頃、
2月には漫画の神様 手塚治虫が、6月には歌謡界の女王 美空ひばりが相次いで亡くなる。
昭和という時代を語る上で欠かせない二人の死は、
昭和という時代の終焉を否応が無しに思い知らさせるものであった。
政界的に大きな出来事としては、前年から捜査が続いていたリクルート事件において政界・財界から大量の逮捕者が続出する。
影響を受けて6月に自民党の竹下登首相が辞任。
後を引き継いだ宇野宗佑首相も7月の参議院選挙での自民党の歴史的大敗の責任を取ってわずか2ヶ月で辞任、
海部俊樹氏が首相となる。
そして 参議院選挙での大勝で参議院第一党となった社会党党首の土井たか子が一躍 時の人となり〈おたかさんブーム〉が巻き起こる。
平成元年は政治的にも大混乱の年であった。
それでも、世の中的にはバブル真っ只中、
土地の価格はどんどん上昇、株価は軒並み右肩上がり
以下、世の中の経済面での主な出来事を幾つか抜き出してみた。
3月、福岡にて〈アジア太平洋博覧会〉開催、開幕と同時に福岡タワーが公開開始される。
4月1日より消費税が施行される。(税率は3%)
同月、横浜アリーナ開業…。
(そういえば、川崎市高津区の竹やぶで総額2億3500万円の現金の入った二つのバックが拾われた 通称〈竹やぶ騒動〉もこの頃の出来事であった。)
8月、三井銀行が太陽神戸銀行と対等合併を発表。
9月、横浜ベイブリッジが開通、
同月、ソニーがアメリカのコロンビア映画を買収。
10月にはアサヒビール本社ビルが東京吾妻橋に竣工 (通称ウンコタワー)
同月、幕張メッセが開館。
11月、三菱地所がアメリカのロックフェラー・センターを買収。
12月末、日経平均株価が市場最高値となる38,957円44銭(同日終値38,915円87銭)を記録、これをピークに翌年からバブル景気の崩壊が始まる。
日本企業が世界を席巻し、ジャパン・マネーなどと呼ばれ恐れられた。
ちなみに当時の私は 製版会社に就職して二年目を迎えて 忙しい毎日を過ごしていたが、残念ながら あまりバブルの恩恵に預かった記憶は無い。
毎日の残業は当たり前であったが、だいたい午後8時〜9時くらいには会社を出ており、後に転職した会社での悲惨な勤務状況に比べれば かなり余裕があった。
一方 世間では、目を覆いたくなるような凄惨な事件も多かった。
3月、足立区 女子高生コンクリート詰め殺人事件。
(事件は前年12月〜1月にかけて発生、発覚は3月)
8月、東京埼玉連続幼女誘拐殺人事件で犯人の宮ア勤が逮捕される。
(事件は1988年8月〜1989年6月にかけて発生、逮捕は8月)
11月、オウム真理教による坂本弁護士一家殺人事件。
(事件は11月、オウム真理教による犯行と断定されるのは ずっと後、地下鉄サリン事件を経ての1995年である。)
…等々、いくつもの悲惨な事件の報道を前に
当時の私は、もし自分の家族がこんな事件に巻き込まれたら 必ず犯人を殺してやる…などと真剣に思っていたものだった。
その他 世間の注目を集めた事件としては 先の〈竹やぶ騒動〉以外に
4月、朝日新聞記者が 沖縄のサンゴ礁に自ら傷を付け記事を捏造した、通称〈朝日新聞珊瑚記事捏造事件〉
7月、歌手の中森明菜が交際相手の近藤真彦の自宅にて 手首を切り自殺未遂。
同月、北海道大雪山での〈SOS遭難事件〉…なども記憶に残るところである。
しかし一方では 8月に礼宮文仁親王(現 秋篠宮文仁親王)と川嶋紀子さん(現 文仁親王妃紀子)の婚約内定が報道されたり、
9月には 横綱 千代の富士に国民栄誉賞が贈られるなど…
暗い事件の続く世の中に 明るい話題も幾つか届けられた。
新語・流行語大賞は「セクシャル・ハラスメント」(新語)「オバタリアン」(流行語)が受賞。
また、流行語部門銅賞でリゲインCMの「24時間タタカエマスカ」が受賞しており、当時のバブル日本を思い起こさせて懐かしい。
この年の主なヒット曲としては
プリンセス・プリンセス「Diamonds」「世界でいちばん熱い夏」
光GENJI「太陽がいっぱい」
工藤静香「恋一夜」「黄砂に吹かれて」「嵐の素顔」
長渕剛「とんぼ」
Wink「愛が止まらない」「涙をみせないで」「淋しい熱帯魚」
森高千里「17才」
爆風スランプ「Runner」「リゾ・ラバ -Resort Lovers-」
TM NETWORK「GET WILD '89」「DIVE INTO YOUR BODY」
竹内まりや「シングル・アゲイン」
BARBEE BOYS「目を閉じておいでよ」
松任谷由実「ANNIVERSARY 〜無限にCALLING YOU」
宮沢りえ「ドリームラッシュ」
徳永英明「最後の言い訳」
小泉今日子「学園天国」
斉藤由貴「夢の中へ」
浜田麻里「Return to Myself 〜しない、しない、ナツ。」
南野陽子「涙はどこへいったの」
COMPLEX「BE MY BABY」
ZIGGY「GLORIA」
ザ・タイマーズ「デイ・ドリーム・ビリーバー」
ユニコーン「大迷惑」
永井真理子「ミラクル・ガール」
矢沢永吉「SOMEBODY'S NIGHT」
井上陽水「リバーサイドホテル」「最後のニュース」
牛若丸三郎太「勇気のしるし〜リゲインのテーマ〜」
美空ひばり「川の流れのように」等々…。
この年の日本レコード大賞はwinkが「淋しい熱帯魚」で受賞、
美空ひばりには特別栄誉歌手賞が贈られた。
また、DREAMS COME TRUE、リンドバーグ、X(X-Japan)、THE BOOM、フリッパーズ・ギター等がメジャーデビュー、
一方 オフコース、C-C-Bといったバンドがこの年に解散している。
ちなみに私は 当時の製版会社での勤務時代に、Xのインディーズ時代のアルバムのライナー(歌詞カード)の製版を担当している。
あの時の製版に使ったフィルムを持ち出していれば ちょっとしたプレミア物のお宝となったであろう。
全く惜しいことをしたものだ。
話題になった映画としては
〈邦画〉
「もっともあぶない刑事」
「黒い雨」
「彼女が水着にきがえたら」
「魔女の宅急便」
「その男、凶暴につき」
「ゴジラvsビオランテ」
〈洋画〉
「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」
「ダイ・ハード」
「レインマン」
「ニュー・シネマ・パラダイス」
「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」
「ブラック・レイン」
「リーサル・ウェポン2/炎の約束」
「バットマン」
「恋人たちの予感」
「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2」
「セックスと嘘とビデオテープ」…等々。
テレビドラマ・番組
『春日局』
『君の瞳に恋してる!』
『教師びんびん物語2』
『同・級・生』
『愛しあってるかい!』
『あなたが欲しい』
『ハートに火をつけて!』
『この胸のときめきを』
『過ぎし日のセレナーデ』
『ハロー!グッバイ』
『勝手にしやがれヘイ!ブラザー』
『池中玄太80キロIII』
『ツヨシしっかりしなさい』
『はいすくーる落書』
『ママハハ・ブギ』
『所さんの目がテン!』
『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』
『知ってるつもり?!』
『ギミア・ぶれいく』
『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』
『どーする!?TVタックル』
『三宅裕司のいかすバンド天国』
また一方、
『ザ・ベストテン』
『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』
『オレたちひょうきん族』…などの昭和を代表する歴史的番組がこの平成元年に終わりを迎えているのも何か象徴的である。
出版界での主なベストセラーとしては
吉本ばなな『TUGUMI』
井上靖『孔子』
村上春樹『ノルウェイの森』
盛田昭夫・石原慎太郎『「NO」と言える日本』
藤村由加『人麻呂の暗号』等がこの年である。
(作家の吉本ばなな氏は 私と同じ日本大学芸術学部の文芸学科を1987年3月に卒業、学年としては一年上の先輩である。同じ時期に日芸キャンパスや江古田の街で何度かすれ違っていたのかもしれないと想うと 妙に感慨深いものである。)
訃報としては 先の手塚治虫、美空ひばりの他に
1月、作曲家の芥川也寸志
4月、実業家の松下幸之助 (松下電器創業者)
10月、女優の浦辺粂子
11月、俳優の松田優作
12月、漫画家の田河水泡(のらくろ作者)
…といった方々も この年に亡くなっている。
さてさて、調子に乗ってネットの記事をあれこれまとめているだけで 随分と時間が掛かってしまった。
学生の下手なレポートではあるまいし、これではブログとしては片手落ちもいいところである。
しかしながら、私にとって この平成元年という年は
いろいろな意味において非常に思い出深い年なのである。
まだまだ新婚当初、希望に満ちた時代であった。
こうやって、あれこれと調べていると 様々な事を思い出す。
あれから30年も経ってしまったと思うと、
とても遠い昔のような、逆についこの間の事のような…不思議な感覚に囚われるのである。
希望に満ちた新婚時代からの約10年間、
そして離婚とリストラの後に 現在のライブハウスに舞い戻り
雇われながらも店長として、同時にシンガーソングライターとして
怒涛のように一人生きてきた約10年間…。
そして現在の奥さんに拾われ、再婚してからの約10年間…。
私の平成の30年間は大きく三つの時期に分かれるようだ。
とりあえず、この平成元年頃から現在に至るまでの経緯は
昨年11月の【繋】ブログ第63回 《テーマ「節目」〜その2〜 》…と内容的にかなり被ってしまうので こちらも参照して頂きたい。
http://aripanda1964.seesaa.net/article/455208030.html
今回のブログを書くにあたり、簡単な自分史を表にして書き記してみたのだが、
様々な細かい事を数多く忘れてしまっており 正直かなり焦っている。
会社を変わった時期なども相当 曖昧である。
日記でも付けておけば良かったのだが、書類関係や様々な物を引っ越しの際にかなり処分してしまったので、気合を入れて調べなければ正確なところがわからなくなっているような状況だ。
私も今年の4月で54歳となる。
既に父の死んだ年齢52歳を2年も超えてしまった。
ちなみに美空ひばりが亡くなった年齢も52歳である。
とても信じられない。正直 美空ひばりが亡くなったのは60代半ばくらいだろうと ずっと思っていた。
あの時代を生きて来た人達は、私などに比べれば遥かに大人であった。
私など 未だに、30代の頃の父親の足元にも及びもしない…。
さて、まとまらない話しをウダウダと書き続けてしまった。
何はともあれ 今日から新しい年の始まりである。
良い一年になるように 精一杯頑張ってゆきたいと思う。

さてさて、ブログ企画【繋】は 毎月1日に、
参加メンバー全員が共通のテーマでブログを書くという企画です。
他の皆さんのブログも是非ご覧になってみてください。
ブログ企画【繋】参加メンバーのブログ
「内田祥文のKeep Hope Alive♪」
http://ameblo.jp/uchida-shobun/
peixe grande take
https://ameblo.jp/peixe-grande
津軽三味線山中信人の朝刊・夕刊〜
http://ameblo.jp/nobu483/
カズMAXのオフィシャルブログ「アコギロックだましい♪」
http://ameblo.jp/acoustic-rock/
鈴木NG秀典(すずきんぐ)「鈴木NG秀典ーだー。のブログ」
http://ameblo.jp/ramen-kuitee/
モリミカのブログ
http://ameblo.jp/mmika0716/
こいぬまめぐみブログ
https://note.mu/koinuma_megumi